はじめに
事業承継は、単なる「資産の引き継ぎ」ではありません。引き継いだ後に、いかに経営を改善し、収益を伸ばすかが成否を分けます。
今回は、私が不動産賃貸業を承継してから経験したリアルなエピソードと、そこから得た教訓をお伝えします。
成功哲学で知られるナポレオン・ヒルの考え方も交えながら、具体的な改善策とその成果をご紹介します。
事業承継の現場ではよく、「二代目は失敗する」「苦労せず得たものは長続きしない」という言葉を耳にします。これは、自己啓発の祖とも呼ばれるナポレオン・ヒルの著書にも見られ、彼は「資産を引き継いだ者は成功しない」と警鐘を鳴らしています。
しかし、本当にそうでしょうか。
私自身、不動産賃貸業を承継し、現場で数々の課題に直面しながらも改善を重ね、収益を着実に伸ばすことができました。
この記事では、その実体験を通じて、ナポレオン・ヒルの言葉の真偽を事例から検証します。
【実体験】事業承継前、返済比率90%からの脱却
私が不動産賃貸業を承継する前、返済比率(元利金返済額/売上高)は90%に達しており、資金繰りは極めて厳しい状況でした。
そこで最初に取り組んだのが、法人化によるローンの借り換えです。法人に建物を売却し、その売却代金で既存の借入金を一括繰上返済しました。
このスキームにより、返済比率は30%以下に大幅改善。加えて、新たに取引を開始した金融機関との関係を構築でき、その後の融資にもつながりました。
返済比率の改善によって、活動の源泉となる現預金が増加し、次の改善策を実行できる体制が整ったのです。
【実体験】事業承継前からあったゴミ屋敷問題の解決
ある物件では、事業承継前から室内がゴミ屋敷化していました。
外から部屋を覗くと、天井まで積み上がったゴミの山。ネズミが走り回り、共用部には債権回収の封筒が散乱している状態でした。
この状況を放置すれば、周囲の入居者や物件全体の価値にも悪影響が及びます。
そこで連帯保証人と粘り強く交渉し、損害の一部補填を受けたうえで部屋をクリア。清掃・リノベーションを施し、無事に再入居者を迎えることができました。
教訓1:入居審査の徹底
支払能力に懸念がある入居者は、入り口でスクリーニングすることが最重要です。トラブルの多くは審査の段階で防げます。
教訓2:物件価値を高め続ける
適切なリノベーションや清掃を行い、属性の高い入居者が入りやすい環境を維持することが、長期的な安定経営につながります。
【実体験】孤独死の現場対応と再生
事業承継後まもなく、入居者の孤独死が発生しました。
心理的負担や原状回復費用の問題は大きく、通常であれば家賃を下げて早期入居を目指すケースも多い状況です。
しかし、承継によるキャッシュフロー改善があったため、工事や募集期間の空室リスクを乗り越えることができました。
特殊清掃に加えて間取り変更を含む大規模なリノベーションを実施し、家賃を落とさずに募集を継続。
その結果、心理的抵抗のない方に入居いただき、以前より15%以上高い賃料で契約成立。
大きなマイナスを確かなプラスへ転換できた事例となりました。
【実体験】ゴミ回収を行政から民間へ切り替え
行政回収では回収日や分別ルールが厳しく、放置ゴミや悪臭が発生していました。
特に、遠方から転勤等で引っ越してきた方は行政のゴミ分別ルールを知らないケースが大半であり、さらに行政指定のゴミ袋は高価なため、長期的には入居者の負担となっていました。
これまでは、未回収のゴミを私自身が分別し直す必要があり、大変な労力を費やしてきました。
そこで、民間回収へ切り替えた結果、回収の確実性が高まり衛生環境が改善されたほか、ゴミ分別ルールを緩和することで入居者の利便性も向上。
さらに、ゴミ回収費を新設して費用を賄うことで、収益性もアップしました。
【実体験】Wi-Fi設備導入で入居率・賃料アップ
さらに、全物件に無料Wi-Fi設備を導入しました。
近年、無料Wi-Fi付き物件が一般化しているため、選ばれる物件にするためには必須の設備となっています。
これにより入居者はインターネット環境を気にせず快適に生活できるようになり、テレワークやオンライン学習など多様なニーズにも対応可能となりました。
特に現代の生活では、高速かつ安定したネット環境が欠かせないため、入居者満足度が大幅に向上しています。
その結果、賃料を引き上げても成約率が落ちない環境を実現でき、入居率・収益率ともに改善しました。無料Wi-Fiの導入は、競合物件との差別化につながり、長期的な競争力の確保に大きく貢献しています。
成功と失敗の分かれ目【中小企業庁のデータで見る事業承継】
事業承継においては、単に資産を受け継ぐだけでは成功は難しいという現実があります。
実際に中小企業庁の調査によると、事業承継で最も問題となるのは「後継者の経営能力の不足」だと回答した人がなんと28%もいました。
これは、後継者自身が主体的に経営に取り組み、課題解決や収益向上に向けて力を発揮できるかどうかがカギであることを示しています。
この点は、成功哲学で知られるナポレオン・ヒルの言葉とも響き合います。ヒルは「資産をそのまま引き継いだ者は成功しない」と述べていますが、その背景には後継者の経営能力や意思の強さが問われているのです。
私自身も不動産賃貸業を承継し、数々の現場課題に直面しましたが、経営能力を磨きつつ主体的に改善策を実行することで、収益を着実に伸ばすことができました。
事業承継には「経営能力の向上」と「積極的な取り組み」が不可欠であり、単なる資産の受け渡し以上の努力が必要なのです。
まとめ:事業承継成功のための3つのポイント
- 経営能力を高め、主体的に改善を進めること
単に資産を引き継ぐだけでなく、自ら課題解決に取り組み、経営をより良く変革する姿勢が重要です。 - 資金繰りを安定させ、収益基盤を強化すること
返済比率の改善や適切な資金管理により、キャッシュフローを安定させることで、さらなる成長施策が実行しやすくなります。「キャッシュ イズ キング」です。 - 事業価値を継続的に高め、顧客満足を追求すること
不動産賃貸業であればリノベーションや設備導入、製造業であれば製品品質の向上や顧客ニーズの把握・対応など、事業の特性に応じた改善を愚直に続けることで、お客様に価値を感じていただき、価格競争力や信頼を獲得し、安定した収益と持続的な成長を実現します。
おわりに
ナポレオン・ヒルは「成功」を単なる金銭的な富だけでなく、人格形成や精神的充実、そして目的達成まで含めて捉えています。
親から資産を無条件で受け取った場合、自ら努力し、失敗し、創意工夫を重ねる経験が不足しがちで、長期的に資産を維持・拡大することが難しくなり、精神的にも依存傾向が残る可能性が高いと指摘しています。
特に、一代で富を築いた人の多くが「逆境や挑戦」を成功の要因と挙げる一方で、単に相続だけで資産を得た人はその経験が乏しいのです。
賃貸不動産業や中小零細企業の事業承継は、単なる「資産の受け渡し」ではありません。事業運営能力や顧客関係、業務ノウハウといった無形資産に加え、負債や責任も一緒に引き継ぐことが求められます。
承継者が経営に主体的に関わり、数字や現場を理解して資産を活かす能力を持って引き継ぐ場合、これはヒルのいう“成功しないパターン”には該当しないのではないでしょうか。一方で、経営を理解せず、単に資産を消費するだけであれば、ヒルの警句どおり短期間で事業が衰退してしまいます。
つまり、事業承継の成功・不成功を分けるのは、「受け取る行為」そのものではなく、「受け取った後の行動」なのです。
私の経験が、これから事業承継を迎える方や承継後の経営改善に取り組む方の参考となれば幸いです。
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